建売の共同事業を連立方程式を使って交渉していた時代

 会社に入社した最初の部が建売事業の部で、そのうち「用地課」というセクションに回された。当時は市場や法律、税制上の理由で単純に土地を売ってくれる会社はほぼ無かった。

 従って土地持ち会社へは「共同事業」すなわち、「土地はそちらが売り主となり建物は我々が建て、我々が土地と一緒にお客様へ販売させてください」という提案ばかりしていた。

 

 先輩のお供をして行くと先輩は訪問のたびに条件を追加、だんだん話が複雑になる。例えば「当方は販売価格の3%を販売手数料として頂戴したい」、というような条件だ。

 話がまとまり先輩は私に協定書を文書化し、その中に「販売価格=・・」という式を入れろという。

 

 建売住宅の共同事業というのは「連立方程式」で書いた方が、シンプルだ。しかし当時の不動産業界には「連立方程式というものは存在しない」と事を私はもう十分に承知していた。円の面積を出すのに円周率は使わず、薄っぺらな三角形に分割して足し算する業界なのだ。

 

 建売住宅の価格は「土地+建物」なので、「土地価格:X」「建物価格:Y」としてまず式を作った。「連立方程式」は業界的に無理なので、これを「一次方程式」に組み替える。

 ここまでくれば「販売価格=」にあと一歩である。

 

 ところが先輩が先方に申し出た「当方は販売価格の3%を販売手数料として頂戴したい」がネックになり、一次方程式の左辺と右辺の両方に「販売価格」がある。

 右辺にある「販売価格×3%」を左辺に移項すると「0.97×販売価格=・・」という式になる。全体を「0.97」で割ると、「販売価格=」という事になる。

 

 先方は作成した協定書案の中に突然でてきた「0.97」に非常に困惑された。今まで話に出てきたことがない数字ですが・・というわけだ。

 「右辺の販売価格×3%」を「左辺に移項」して「0.97」で割るのだと説明するのだが、「移項」って何ですかとなり、こちらも説明に詰まった。中学校一年生の頃ではないかと思うのだが「移項」ってなんだと教わったんだろう?

 さかのぼって連立方程式を書き始めたら、「結構です。三井さんを信用します」となった。

 

 同じような営業を他にも3社へやっていた。

 各社ごとに条件が異なり、そのたびごとに新しい連立方程式を作って条件をネゴする材料にしていた。おかげで4社とも仕事が取れた。

 

 当時、こんなことをやっていた不動産会社は他にはなかったと思う。