以前のブログ
ソニーが不動産子会社にやらせている「エージェント」のウソと猿まね
で、「ソニー」がたぶん自覚せずに消費者保護のスピリットを棄損していると指弾した。本当は、実際には消費者の中にも「やばい方」がいる。加えて業者さんも千差万別であり、「客を持っている」と言われたって、ただちに一見さんと取引とする訳にはいくはずがない。まずは信用構築から入るのは、他の業界への営業でも同じなのではないか?
「囲い込み」については、「囲い込みされた」「囲い込みは問題だ」と言っているのは評判が悪いか無名の業者さん、または実態を知らない評論家やメディアの記者が多いように思う。
さて本題だ。
「不動産エージェントならアメリカでは顧客に何をしてくれるか」という話は個別性が強く、ここでまとめるのは無謀なのだが、概ね「2-3年前」くらいの状況を踏まえて知るところを以下に書く。その後の2-3年の主にIT化の進展で以下からさらに状況が変わっている部分もある。
エージェントの最初の戦いは「売り委託」の取り合いだ。マンハッタンの住宅はメディアン価格で1億円、平均価格で2億円、従ってフルに6%をもらえれば600万円-1200万円の手数料になる。日本では価格が5000万円なら片手で150万円だ。
エージェント達は競って20から数10ページはある「提案書」を作って持ってくる。ページ数がこんなに増えた原因は、検索サイトのジロー(ストリートイージー)の充実だ。競合物件の写真が何枚でも簡単に取れ、貼り付けるのでページ数が膨大になっていった。
笑い話だが、提案書が分厚くなり始めた時、エージェントのPCの性能が問題になった。画像処理速度が遅いPCでは見てくれの悪い提案書しか作れない。アマゾンのAWSを使用した業者は手早く作成し、浮いた時間を対人に充て、急速に業容を拡大した。
契約を獲得したエージェントがクライアントにするアドバイスは多岐にわたる。
売り出す前に物件にどのような手直しすべきかを、意向を聞きながらアドバイスする。例えばキッチンを300万円で入れ替えても売値は150万円程度しかあがらない。反対にペンキは大した費用がかからない割に、見栄えが格段によくなる。
壁に飾った写真は多すぎると買主は前の居住者の「影」を見てしまう。しかし写真が一枚もないのは不自然だとアメリカ人は感じる。その塩梅もアドバイスする。
給排水管や電気系統は売買契約書にサインした後に、買主の費用負担で「技術検査」が行われ、指摘箇所を売主の費用負担で引き渡し時までに直せば良い。
次は「ステージング」の打ち合わせだ。「ステージング」というのは「家に演出を施す」という意味で、具体的には使っているソファーやテーブル等の家具を撤去し、レンタル業者から見てくれの良い物を借りて配置する事を言う。予算に合わせ、売主ではなくエージェントが取り仕切る。
ステージングの専門業者が発達していてレンタル費用は意外と安い。3-6か月間、標準的な家具一式を借りて、数十万円程度だ。
ステージングは費用対効果が高く、年々実施する売り手が増えている。2年ほど前で6割がステージングを行っているとの話だった。但しこの手の数字の正確さはあてにはできない。
見違えるようになった室内の写真を撮り、「物件概要書」が完成する。アメリカの「物件概要書」も「提案書」並みかそれ以上に充実している。いつでも問い合わせに応じられる状態になり、リクエストがあればすぐに送れる。「物件概要書」にしても「提案書」にしても、ここまで分厚くする必要はなさそうにも思うのだが、エージェント間の競争でこうなってしまった。
販売活動を開始することを「リスティングする」という。
「MLS(マルチプル・リスティング・システム)」が日本では有名だ。官が絡んだ制度で行政的には重要なのだが、「住宅探し」をする側にとっては重要ではない。制度の由来をたどると各地の「ばらばらなリスティング・システム」を「マルチプル・複合的」につぎはぎしたのが由来らしい。
売り情報はMLSへリスティングするが無意味に複雑な面があり、検索する側にとり面倒らしい。私はMLS制度をきちんと調べる気になれず、解説を読むだけで済ませていて、本当はよく知らない。「実際にこう使った」という人がいれば、勉強の為にぜひお教えいただきたいと思う。
MLSとは比較にならないほど重要なのがオンライン不動産検索サイトで、「ジロー(ストリートイージー)」が全米最大だ。無数のサイトが乱立していたが、「ジロー」が次々に同業者を傘下に収めてシェアでダントツになった。
ジローへのリスティングは「ポスティング(投稿)」とも呼ばれる。
ジローのサイトへのポスティングは基本投稿料は無料だ。写真を増やしたり、検索の順位を引き上げるための料金、広告料がジローの主たる収入源になっている。
無料なので、エージェントはまずは必ずジローにはポスティングする。クローズドな販売が先行する場合もあるが、ジローへの投稿が通常は実質的な販売活動の開始となる。
買いの希望者はジローのサイトで条件を指定し、希望にあう物件がないかを検索する。あれば投稿したエージェントにコンタクトし、より深い情報を求めるなり買いの交渉に入る。ジローと類似のサイトは日本にもいくつかある。
ジローの拡大は不動産仲介業界を一変させた。今は買いの希望者を買い側の業者が車に乗せながらiPadでページをめくり、「あの物件はいくら、この物件はいくら」とやるのが常態になった。昔のプロの案内とは様変わりだ。
次にアメリカの不動産仲介業の仕組みだが、日本とは似て非なる部分がある。
売り側が仲介業者「エージェント」と売りの専任契約を結び、成約時に手数料をもらう。買い主を連れてきた仲介業者に対しては売りの業者が、自分が得る手数料の一部を買い側の仲介業者に支払う。
これと比較して日本で時々ある「両手取引」は理屈上、おかしいという意見をよく聞く。双方代理や利益相反という指摘だ。しかし消費者から「両手取引」への苦情は非常に少ない(私は聞いた事がない)。つまり両手取引には双方代理や利益相反といった問題以上のメリットが消費者にもあるのだ。もっとも不動産業者が双方代理をしては弁護士業界の仕事は半減する。しかし両手取引を批判する人は「苦情が非常に少ない」という事実を謙虚に受け止めて議論すべきだ。
「エージェント」には「大手の冠を被ったエージェント」と「独立系のエージェント」に分けられる。「独立系」は個人経営かその延長だ。
「大手の冠を被った」とは例えば「コールウドウエル・バンカーの***不動産株式会社」のように記される。「***不動産株式会社」は独立自営で、「コールウドウエル・バンカー」に上納金を払う。冠のメリットには、知名度の利用、業界情報の取得、いろいろある。
大手の冠を被ったエージェントでも、独立性は極めて高い。アメリカのエージェントはほぼほとんどが「独立した個人プレイヤー」なのだ。
エージェントは今はどこも全て、自前のサイトを持っている。
仲介手数料については、多くの日本人が「売主が6%払う」と誤解している。
「6%」というのは一種の「建て値」であり、満額もらえるとは限らない。アメリカで業者に聞いても業界団体に聞いても建て値を答えるので、「6%なのだ」と信じ込んで日本へ帰る。
実際にもらえる手数料率は秘中の秘だ。「彼らは実は6%はもらえていない」と私が気が付いてから7年経つが、その後も手数料率に関するいかなる統計も見たことはない。
売主のエージェントはもし満額の6%をもらえたとすると、購入客を連れてきて仲介業者にこの「6%」の中からこの業者への手数料を払うわけだ。
先に述べたようにマンハッタンの中古マンションのメディアン価格は1億円、平均価格は2億円だ。「6%」なら600~1200万円となる。ちなみに日本で「売りの専任」に徹した場合、5000万円の中古マンションで150万円だ。
ここで近年、劇的な変化が進みつつある。
ジローへ投稿に、売りのエージェントが自社のURLを貼り付けておけば、買い希望の客は(買い側の仲介業者を経由せずに)直に売りのエージェントの自社サイトで詳しい情報を調べ、気になればコンタクトできるようになった。
売りのエージェントとしては、客が直に来てくれれば買い側の仲介業者に分ける手数料が不要になる。日本でいう「両手」と同じ効果が得られる。
この結果、起きたのが「売りのエージェント手数料のディスカウント」だ。マンハッタンの1億円の物件での手数料は満額なら600万円だが、これを値引くことで、売りの専任の取り合い競争に勝とうという業者が増えた。
「秘中の秘」の情報がかろうじてかいま見えた事がある。手数料を売主との交渉で値引くのではなく、最初から6%以下の料率で提示するところが出ているというのだ。
別のすじの話では、手数料率は5%、場合によっては4%というケースがあるという。
日本の制度に与える示唆としては、物件価格5000万円として、「売り側3%・150万円」「買い側3%・150万円」だ分かれていると、売り側、買い側ともに手数料を値引く余地はあまりない。
しかしもし「両手6%・300万円」なら、ディスカウント競争が起きる可能性がある。
「両手仲介」は手数料率の下落を通じて、消費者にとってプラスになりうるのだ。
ソニーの不動産子会社が標榜する「売りの専任に徹し、売主の為に少しでも有利な(高い)値段で売ります」という話よりも、「ITによる効率化で両手・手数料が下落する」という形の方が、日本の消費者の為になると思う。
なぜなら「より有利な(高い)値段で売ります」というのは、「その分、買い主に高く買わせます」という事に他ならないからだ。
「手数料が下落する」というのは不動産仲介業界にとって悪い話ではない。取引ボリュームの増加につながるからだ。
アメリカの中古住宅売買は年間500-600万件、日本は推定30万件。人口はアメリカが3.3億人、日本が1.24億人。日本の中古住宅流通は今の10倍に増えても不思議はない。
手数料が半分になったって、なんとでもなるのだ。
もう書き疲れた。「エージェント」の話は、ここまでとし、ここから先は省略する。