安藤先生が設計して2013年に竣工したコンクリートの三階建ての住宅が売りに出された。売却希望価格は7500万$(81.8億円)だ。場所はロサンジェルスの郊外のマリブという地区で、ここはハリウッドのスター他のセレブが多く住む。おまけに今回の物件はビーチフロントである。
ロサンジェルス界隈では1億$(109億円)前後の超高額の新築建売は現在、非常に売れ行きが悪く、かなりディスカウントされている。一方、中古の同じような価格の超豪邸はなぜかかなり高いものでも成約例が多い。直近の超高額取引には1.65億$(180億円)とか1.5億$(164億円)といったものまである。前者はアマゾンのベゾス氏が買った物件だ。
7500万$(81.8億円)という値段はこの地区でもかなり高い部類に入る。今後、ディスカウントされる事になるのかどうかは分からないが、アメリカには数棟しかない「安藤忠雄設計の住宅」という点もセールスポイントになっている。
紹介されているのはウォールストリート・ジャーナルの日本販売2020年2月29日号で、中くらいの大きさのカラー写真付きだ。安藤先生がお得意のコンクリートの打ちっぱなしで固めてある。使用したコンクリートは1200トンだという。
施主であり今回の売主であるアメリカ人は、安藤先生の「コンクリート」が気に入って先生に頼み、「これは住宅であるという以上に、ピカソのキュービズムのようなものだ」と自賛している。
私は安藤先生とは会社の廊下ですれ違っただけで、ご挨拶をしたことはなかったと思うのだが、安藤先生の名刺があった?。安藤先生は双子で、弟さんの方と仕事上のお付き合いがあった。安藤先生とまったく同じ顔をされている方なので、よく分からなくなってしまった。
ウォールストリート・ジャーナルの記事で安藤先生の代表作として出てくるのは、「住吉の長屋」と「光の協会」だ。
「住吉の長屋」というのは先生の出世作で、間口が狭く奥行きが深く両側が隣の家にはさまれている上に面積が狭小という絶望的な敷地条件に建てられた二階建ての住宅だ。雨が降ると家の中で傘をささなければトイレにたどり着けないという奇想天外な発想の間取りにして、これにより採光や通風ほかに劇的な改善が図られている。
安藤先生がテレビで「いちばん偉いのは(どう考えても使いにくいであろう)この家に住み続けてくださっている施主の方だ」とおっしゃっていた。たぶん有名建築になりすぎて売ると何を言われるか分からないと施主の方も思った?
私は新入社員当時、建売住宅を担当していたのだが、こんな間取りは採用できたはずがない。注文住宅と建売住宅では求められる間取りが違うのだ。
「光の教会」の方も、そのままの形で使っている教会や信者さんたちが偉い。壁に大きく十字架の形の穴を開け、そこから差し込む光がありがたいわけだが、教会は大阪にあり「すきま風」ではなく「ふつうの風」や「雨」も吹き込むはずだ。この建築も先生の代表作となってしまっていて、寒いからとか雨で濡れるからというような理由でこの十字架の穴をガラスで覆うわけにはいかない。
渋谷のヒカリエも先生の作だが、東急東横線に向かうエスカレーターの入り口を覆っている天井の部分が波打った卵みたいな形をしている。この部分、いつも気になるのだがゼネコンさんが、施工で苦労されたのではないだろうか。あの建物は各所でみんなが安藤先生の設計なら仕方がないと思いながらやっていたのだと思う。
木曽に加子母(かしも)という昔はヒノキの特産地だった村(今は中津川市の一部)があるのだが、ここの交流センターも安藤先生の作で、ヒノキづくしの建物だった。外壁はヒノキの柱で作った三角形のトラスを連結して並べ、これで構造的にもたせている「壁工法」の一種だと思う。加子母の方が「ヒノキ」「ヒノキ」と希望されて、こんなヒノキづくしの設計になったのであろう。
これは建築基準法で一般的に認められている工法ではないはずだ。そういう場合は「建築大臣特認」という許可が必要になるわけで、霞ヶ関まで出かけて建築許可をお願いしなくてはいけない。
この特殊で面倒な手続きもきっと施工を請け負ったゼネコンさんがやったんだと思う。本当に日本のゼネコンさんたちは偉い。日本のいろいろな制度の穴をかれらは文句も言わずに、よぶんな自慢もせずに、もくもくときちっと埋めてくれる。
もうちょっと安藤先生のことを書きたかったのですが、これにくらいにします。
お体のいろんな所を手術されているとのこと、お元気でいらしてください。
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(3/1追記) 上記の加子母のくだりの「ヒノキ・壁工法・大臣特認」のくだりは建築が専門ではない私の想像だ。引用される場合は自己責任のこと。
2021.2.14追記