三菱地所の方になぜだか「弟分」として遇されてしまった話

 私が勤めていた不動産会社と三菱地所はライバルではあるのだが、ところどころで持ちつ持たれつの関係にもなっていた。私には三菱地所のある方からまるで「弟分」のように思われていた時期がある。

 

 三菱地所とは年に1回、ある会社に関する「金利」の件で打ち合わせをする事を引き継いだ。

 両方が大株主であるその会社は20億円の何に使う予定もない資金を持っているのだが、常勤役員が一人で従業員が2人という小さな会社なので、預けたままではあまりにも危なっかしい。

 それで10億円ずつ、こちらと三菱地所で預かるという事にしていて、年に一度、その預かり金の金利を決めなくてはいけなかったのだ。

 

 三菱地所の担当は財務課の方で私より5才か7才くらい上だったのだが、私は彼に気に入られてため口で話しをされるようになり、まるで「弟分」になってしまったかのような付き合いが約3年、続くことになった。

 

 私がいた部は銀行とは付き合いがないので、当方の「財務課」に金利をいくらくらいにすれば良いか事前に相談に行くわけだが、お前にまかせるみたいなことを言われる。この会社には面倒くさい歴史があって、年に一回だけ定期的に発生するこの話は、財務課の面々は誰も巻き込まれたくなかったのだ。

 

 あとで考えると、金利の話というのは自社の財務の力(資金調達力)を誇示しつつも本当のところはライバルには知られてはいけない非常に機微なテーマなわけで、三菱地所の方は相当リキを入れて私の訪問を待ち構えていたのではないかと思う。私は当時はそういう話には鈍感で、何も知らなかった。

 彼に数字を2つくらい言った段階で、私は自分がど素人だと見抜かれたと感じた。私は金利を自分でいくらに決めて来てもいいと言われてきていて実は非常に当惑しているのですが、三菱地所がお預かりになる金利より当方の金利の方が安ければ、私はそれで結構ですと言った。

 

 金利は両社とも横並びで同じにするという話が大前提という中での、私のこの突拍子もない申し入れは彼に非常にうけた。もちろんこちらも本気で言った訳ではなかったのだが、冗談としても秀抜だったのだ。

 これで一挙に場がなごみ、彼は私を「弟分」としてみなしてくれるようになった。

 これくらいにしておけばキミもお宅の財務課から文句を言われないだろうからこれに決めようと彼が言ってくれて、金利は決まった。

 帰社してから当方の財務課に報告に行くと「ベストなレートだ、すばらしい」とほめられ、さらにあいつはすごいとということになってしまい、私の株はあがったのだった。

 

 当時は、経理にコンピュータが本格導入され始めた時期だった。

 三菱地所の応接室で上のような交渉(?)をしていると、「ただいま、経理のコンピュータシステムが全社で停止しています」と繰り返しアナウンスが流れた。

 私の兄貴分となったその人はばつの悪そうな顔をしていたが、当社でもコンピュータがなかなか思うように動かないんですよと言うと、急ににこにこしていた。

 実際、当方では経理のコンピュータシステムが完成、3月の決算の前の2月末に予行演習として全部署の経理にかかわる人間全員が土曜出勤して模擬決算をしたのだがコンピュータはほとんど動かず、一日かかって処理された伝票の数が全社でわずか3枚だったのだ。

 3月の決算は力わざで乗り切ったらしいのだが、その後も自分のミスなのかプログラムのバグなのか分からず、いらいらしたり憔悴している経理担当の女性がたくさん社内にいた時代だった。