三井不動産リアルティ㈱ソリューション事業本部様が発行されているメルマガでの私のコラムが、「世界から日本の不動産を知る」という本になりました。 以下は末尾の「あとがき」の部分です。
(あとがき)
金融業界は世界を三つに分けて営業している。「南北アメリカ」「ヨーロッパ・中東・アフリカ」「アジア・大洋州」だ。それぞれの拠点はニューヨーク、ロンドン、香港に置かれることが多い。このうち、ロンドンと香港で問題が起きている。
ロンドンではブレグジット問題で金融のハブ機能が大陸ヨーロッパへ分散する可能性が懸念された。受け皿の最有力候補地は当初は欧州中央銀行(ECB)があるフランクフルトだったが田舎くささが不評となり、この目はなくなった。現在の最有力候補はパリで、ロンドンの金融マンたちの間では転勤の場合の「保険」としてパリの住宅を買っておく人が増えている。
アジアでは最も大きな香港の地位が徐々に浸食され、シンガポールが伸びている。2019年夏以降に香港で激化した抵抗運動の影響もあり、今後この傾向はさらに進むだろう。東京は国際性の点でこれら二都市に比べるとかなり下位だ。
シンガポールが伸びている理由の一つとしてこの国では金融業への規制が緩いことがあるとされる。「規制が緩い」とはかなり怪しげな取引なりマネーでも許容されるということでもある。
東京が過去に何回も「国際金融都市を目指す」と宣言したわりにそれが進まないのは、英語や家賃や子弟の教育といった問題もあるのだろうが、「規制の問題」もあるようだ。「規制が厳しい」というのではなく、「規制当局の出方が(外資系金融機関には)よく読めない」という話がときどき出る。
単純に規制の厳しさだけを見れば、アメリカの方が日本より格段に厳しい。サブプライム・ローンの証券化から派生した問題で2014年にバンク・オブ・アメリカが当局と達した罰金和解の額はなんと166.5億$(1.8兆円)だ。この和解の前後、アメリカとヨーロッパの大銀行は同様な問題で順繰りにやり玉にあげられ、各行とも数億$(数百億円)以上の罰金和解に追い込まれた。邦銀はローンの証券化事業では出遅れていたことが幸いし、難を逃れた。
1995年に大和銀行のニューヨーク支店は現地行員が米国債取引を簿外で行い、約11億$(1200億円)という巨額赤字を出した。連邦準備制度理事会への報告が遅れため、同行は当時としては巨額だった3.4億$(370億円)の罰金を支払ったうえ、アメリカから締め出されるという厳しい処分を受けた。
後に米銀大手のシティの日本法人が何度目かの不正を起こしたとき、金融庁内には同行を日本から締め出すべきだとの意見があったそうだ。シティの日本法人のアメリカ人社長が上手に金融庁に対処し、この問題はシティ本体のCEOが来日して当局に詫びを入れることで事なきをえたという。
これには後日談だがある。格付け会社のS&Pは2011年にアメリカ国債の格付けをAAAから落とし、怒ったアメリカの財務省はS&Pに対して各種の問題(難癖)を提起、同社は非常に苦しい立場に追い込まれた。この時、スカウトされてS&Pの社長に就いたのが先のシティの日本法人社長である。彼は怒っている役所をなだめるエキスパートと評価されていたのだ。実際、その後、S&Pへの財務省の態度は大きく軟化した。
不動産開発において「規制が読めない」という点では、ニューヨークは東京と比べると悪夢のような面がある。
ある超高層マンションでは建築許可が下りた後に住民運動により容積率が変更されてしまい、新しい容積率では計画していた高さのマンションは建たない。新しい容積率が有効となる日の前に「基礎工事が完了」していれば、取得済みの許可により計画していた超高層を建てることができたので、デベは業者に土日を返上して工事を急がせたが、結局、間に合わなかった。
別のマンションでは超高層マンションの建築許可を下した際に容積率移転(空中権)手続きに瑕疵があったとしてニューヨーク市が住民運動から訴えられている。建物の工事は骨組みがかなり上まで達していて、裁判所の判断によっては上部の鉄骨をばらして降ろすことになりかねない。過去に実際にこのようなはめに陥った実例がある。
許認可のプロセスも日本人には分かりにくい。
ある程度以上の規模の開発においては、役所からどれだけの、どのような「インセンティブ(優遇措置)」を獲得できるかが事業の採算面で非常に重要となる。「割安な家賃の住宅を何戸か設ける」「公園整備費用を一部負担する」等の条件を受け入れる代わりに、「税金の控除を受ける」「地下鉄を延伸する」等のインセンティブを得るわけだ。これらはケースバイケースで決まる。
この許認可プロセスについての疑わしい話が先日、表面化した。ニューヨークの大手デベ3社それぞれが許認可手続きで行き詰っていた時に、市長のデブラシオ氏から各社に電話がかかり、氏の政治団体への献金が求められたというのだ。3社は合計で25万$(2700万円)を寄付している。
これらと比べると、東京では法令等に従ったものであるなら、おおむね建つ。もちろんそんな簡単なものではないと言う面もあるが、法令に沿っていれば原則としてその通りに建つというのはありがたいことで、世界の大都市ではこれは例外なのだ。
ちなみに東京の住宅価格は世界の大都市と比べてまだかなり割安なのだが、海外の目はこれを新築マンションの供給が潤沢であるためと考えている。どのような建物を建てることができるか、デベにとって予見可能なことは日本でマンション事業が行いやすい理由の一つだろう。積極的な容積緩和策も供給を後押ししている。
世界の不動産ビジネスはある時はゆるく、ある時はきつく結びついている。私はこれを「グローバル不動産経済」と呼んでいる。
2019年後半の世界の不動産業界で最大の話題はアメリカのWeWorkだった。同社にはサウジアラビアとアブダビ発のオイルマネーが混じった1兆円規模の資金がソフトバンクを経由して注ぎ込まれ、フォアグラのようになり、そして行き詰った。インドでもきわめて似た話が持ち上がっている。
HNA(海航集団)や安邦保険ほかの中国の大手発の資金がアメリカやヨーロッパで投資されたのは2014-17年ころで、不動産も多数を取得した。小金持ちもオーストラリアやマレーシアで積極的に投資、一部は日本にも向かった。今はこれに逆回転がかかっている。
各国中央銀行の中で最初に量的緩和に乗り出したのは日銀で、2001年のことだ。リーマンショックが2008年に起き、その後に世界各国の中央銀行が低金利政策や量的緩和を実施、マネーは瞬時に国境を飛び越え、不動産市場もグローバルにシンクロする傾向が強くなった。
とは言っても、多くの実務家にとって日本の不動産市場は日本ローカルなものである。たまに身にふりかかるのは「グローバル不動産経済」の波しぶきのようなものだろう。
ビジネスの現場でこの「波しぶき」をかぶる立場にいたとき、これを一過性の対処によってやり過ごすことは、不可能ではない。
しかしこれを「波の外」、すなわち日本の外側に視点を置いて眺めれば、思わぬ風景が見えてくる。
あたかも、地球儀を見る時のように、外側から見た方が分かりやすいことがあるのだ。
三井不動産リアルティ株式会社ソリューション事業本部から毎月発刊するメルマガへの執筆のお話をいただいた時、以上のような問題意識で、私の知るところを書いてきた。それをこのような形でまとめていただいたのは、同社と株式会社読売広告社のおかげである。
深く感謝したい。
2019年12月 ジャパン・トランスナショナル 代表 坪田 清