三井不動産リアルティ㈱ソリューション事業本部様が発行されているメルマガでの私のコラムが、「世界から日本の不動産を知る」という本になりました。 以下は冒頭の「はじめに」の部分です。
(はじめに)外側から見たほうが分かりやすいことがある
地球儀がそうであるように、ものごとの中には外側から見たほうが分かりやすいことがある。
不動産から離れるが、日本について具体的な例を2つ見てみよう。
東日本大震災直後、2011年3月14日(月)のウォールストリートジャーナルの第一面は、12日(土)に福島で原子力発電所が爆発したことと、爆発の瞬間を映したテレビの画面の大きな写真だった。
何のことだか了解できなかった。3月11日(金)の東日本大震災の日の夜、私はほうほうのていで横浜の自宅へ帰宅、土日はテレビのニュースを見続けていた。それらの中には原子力発電所が爆発したという話はなかったのだ。
ウォールストリート・ジャーナルの記事を読み始めたのだが、意味がよく取れない。今、思えば「水素爆発」とか「全電源喪失」とか「ベント」といった単語が障害になっていたのだと思う。
ルーティン業務を終えてあらためて記事に取り組んだ。同紙は土日が休刊でこの記事は地震後の第一報であり、非常に長文だった。辞書をたよりに読んだのだがあまりにも重大であり、実感を超えていた。
当然、日本の新聞等もチェックした。やはり原子力発電所が爆発したというような記事は見当たらない。しかし「報道が全くない」ことから少なくとも「原子爆弾が破裂したような状態」でないことだけは推測できた。周囲の同僚に話しても分かってもらえるはずがなく、黙っていた。
このとき、福島第一原子力発電所がいかに危険な状態であったかが一般に広く知らされたのは、しばらく後だ。水素爆発の件は日本のメディアでは「徐々に」報道されるようになった。それまでの間、日本国民は世界の中でかやの外だったのである。
その半年後の2011年10月15日(土)のフィナンシャルタイムズに奇妙な記事が出た。オリンパスの元社長のウッドフォード氏によれば、同社は海外の実体のない会社群に対して10億$(当時のレートで770億円)規模の巨額買収を実施して資金を消失、これには「ヤクザ」が絡んでいる模様だという。
オリンパスのような世界的な有名企業でヤクザ(この言葉はビジネス英語になっている)がらみの超巨額の資金消失が起きているとなれば話題性満点であり、週明けから他の海外メディアも連日、大きく取り上げて追いかけるようになった。組織犯罪がらみの可能性ということで、アメリカのFBIも捜査に乗り出した。
しかしこの時も日本語での報道は何もなかった。10日以上経っただろうか、突然、怒涛のような報道が日本語でも始まった。この間、世界中のビジネスマンが興味津々であったこの事件について、日本人だけが何も知らなかったのである。
「10億$の資金消失」というのは、実は過去の財テクの失敗による損失を表面化させずに消そうとした努力だったことが後日、判明する。
ウッドフォード社長はこの件を聞かされておらずメディアにより知ったのだが、「この問題にはヤクザが絡んでいる。手を出すな。」と警告されたという。「ヤクザ」の尾を踏んでしんまったとの恐怖から同氏はフィナンシャルタイムズに駆け込み、事実を公表することで身の安全を図ることにしたのだった。
世界の不動産の話は面白い。
不動産に対するメンタリティが日本人と最も似ているのは、中国人なのではないだろうかと思う話がよくある。アメリカ人の話は理屈を考えて頭で理解するわけだが、中国人の話はスケールのばかでかさに慣れてしまえば、我が身に照らしてクスッと笑ってしまうわけだ。
私が初めて中国に接した32年前、中国人はまだ「不動産を私有する」ことに実感を持っていなかった。10年後、中国の学生たちの前で自分の勤務先は「三井不動産(サンセイプートンチ)」だと言ったら、爆笑が起きた。たぶん「不動産(プートンチ)」というたぶん中国語にない表現が面白かったのだと思う。
英語にも「不動産」と一対一対応する言葉はない。厳密言えばあることはあるが、めったに使われない。資産を「動かせるもの(動産)」と「動かせない物(不動産)」にまず二分するというのは明治時代に大陸(たぶんフランス)から輸入した考え方なのだろう。
本書では不動産という言葉がない世界での不動産ビジネスを語るわけなので、もどかしさを感じる方もいらっしゃると思う。
それでも地球儀を見るように、外側から見た方が分かりやすいこともあるのだ。