中国最大のデベの一つである万科企業を巡る敵対的買収が一件落着となった。今回はこの件を報告したい。
万科企業はマンション中心のデベとして売上高で長らく中国トップを走っていた。近年は緑地集団や恒大集団に首位の座を譲った年もあったが、実力的には今でもナンバー・ワンである。中国の65の都市で事業展開をし、2016年12月期の売上高は2289.2億元(3.85兆円)だ。日本最大のデベである三井不動産の2017年3月期の売上が1.70兆円であることと比較するといかに巨大であるかがわかる。
2015年12月、この万科企業について株を買い占め、経営陣の交代を要求するところが突然現れた。「宝能集団」という無名の企業グループだった。当初の段階で資金源がグループ企業が販売する「保険」であるらしいことが分かった。宝能集団は最終的には万科企業の株、25%分を買占める事になる。
万科企業は宝能集団のこの動きに激しく反発、2016年3月に企業防衛のための味方(いわゆるホワイト・ナイト)として、深センメトロを引き入れた。同社に20%分の新株を割り当て、引き換えにその資金で同社の保有土地を購入するという交渉をまとめた。株と土地のスワップ(交換)である。新株発行により分母が大きくなるので、宝能集団は第2位株主に落ちるはずであり、またこのスワップは事業戦略面でも実に的を得たディールに見えた。
ところがここで誤算が起きた。万科企業の第二位株主で15%を保有する華潤創業がこのディールに反対したのだ。国営企業である華潤創業は以前、万科企業からの依頼で出資に応じて安定株主になっていた経緯があり取締役も3人を派遣、万科企業に友好的な株主のはずだった。この時の同社の動きは奇妙で宝能集団に近づいていた時期がある。宝能集団と華潤創業の持ち株を合計すると40%になり、万科企業の深センメトロ宛ての新株割り当ては不可能となった。なぜ華潤創業がこの時、万科企業に対して敵対的な立場をとったのか、表向きの説明では新株の発行価格が低すぎるためだが、これはとても納得のいく話ではない。
この時、新たな参戦者が登場した。万科企業のライバル、恒大集団だ。同社は最終的には万科企業の株式14%分の取得に363億元(6098億円)を投じた。恒大集団が買収騒ぎに割り込んできた目的については、諸説ある。単純に株価の値上がりを狙った、万科企業への経営介入を試みた、広州本拠の恒大集団が深センで進めるマンション開発がうまくいかず、深セン本拠の万科企業の助力を得ようとした、といった具合だ。
万科企業株への敵対的買収問題の決着は2つの方向から現れた。
2017年1月、深センメトロは華潤創業の持ち株15%の全てを買うとした。これに伴い華潤創業が派遣していた3人の取締役も交代した。さらに6月、深センメトロは恒大集団保有の14%分も買い増した。深センメトロの万科企業への持ち分は29.38%になり、筆頭・安定株主となった。この過程で恒大集団の株式売却損は10億$(1100億円)に達した。
もう一つの大きな動きは、中国の保険業規制当局のそれだ。当局は当初から宝能集団を好ましからざるものとして見ていたのだが、同社に「保険業規制」で網をかけた。
宝能集団も恒大集団もグループ内の保険会社が大きな資金源になっていた。「保険」とうたってはいるが保険機能よりは資産運用機能の方が大きい「投資運用商品」の一種である。当局が目を付けているシャドー・バンキングの中核の一つをなす金融商品でもあった。
中国の保険業規制当局は、宝能集団については会長に対して今後10年間、保険業に携わる事を禁止する命令を出した。恒大集団については傘下の保険会社に対して株式投資を1年間禁止するとともに、資産に対する株式の保有割合の上限を30%から20%に引き下げた。これで両社とも身動きが取れなくなってしまった。
合わせ技が功を奏して、万科企業は企業防衛に成功した。なお「深センメトロ」と「深セン市役所」とは同体である。深センメトロが政府の保険業規制当局となんらかの連携をとっていたのかどうかは、もちろん不明だ。
以上の話で未決着なのは宝能集団が依然として保有している25%分だが、今後これがどのように処理されるかについて、世界はもう関心を失っている。
(元=16.8円、ドル=110円 9月12日近辺のレート)
ジャパン・トランスナショナル
代表 坪田 清
三井不動産リアルティ(株)発行
MFプレス Vol. 2017年10月号